2012年度 合意形成研究会 研究会 議事録

 

日時:2012623日(土)15:0018:00

場所:サロンSHU(西新橋)

出席者(敬称略):上杉、大矢、竜野、橋本、武、松本、丸尾、柳島    五十音順)

 

<議事録>

 

〈仕事を通じて見えてきた合意形成の課題 宮城県釜石市にて〉

話題提供者:松本氏(CaPA会員・建設コンサルタント勤務)

主な概要:東日本大震災前から仕事で宮城県釜石市に滞在。震災時から今日までの住民、行政、ボランティア団体の活動と心の動きを肌で感じてきた。震災前から携わっていた釜石市のまちづくりを、復興まちづくりとして捉え直し、合意形成の難しさとこれからの課題について話した。

 

〜パワーポイント資料で説明〜

@ 釜石市の位置 主な産業:製鉄・漁業 湾口防波堤2009年に作られた、ギネスにものっている(海面高さ80m)防波堤があり、津波被害を軽減する役割があったが、今回の大震災でダメージ。

A 釜石市の遠さ

B 釜石港〜人口密集〜 人口密度が高い

C 内容

1. 復興に関わった経緯

震災前のまちづくりに携わる「にぎわいの創出」。昔ながらの高炉をやめてしまったため人口が減少したまちに、にぎわいを創出しようと計画していた。

そんな中震災が起こり、以降釜石市の復興支援に力を注いでいる。

震災直後は電話で各方面と連絡がとれない中、Cメールで連絡を取り合い安否確認を行った。復興まちづくりイベントでは仕事で関わった青葉通りの清掃を提案し、集まった30近いボランティアの方々と一緒に通りの清掃。潮をかぶっている土、割れたガラスの混ざった土を取り除き、花を植えた。(がれきに花を咲かせましょう/もってけ市)

2. 計画作成の初動段階

計画を作る際、丁寧な合意形成が必要だと感じる。行政から求められるスピードと、住民が求める復興に温度差があり早く復興すればいいという事ではない。復興のお手本がないので、頼りは阪神大震災の復興経緯や震災復興マニュアル(各自治体が保有)だが、他県と同じ状況(経済・人口・土地柄等)ではないので、そのまま利用することは出来ない。

 

3. 合意形成のプロセスを振り返る

釜石市だけでも数多くの復興に関するプロジェクトがあり、数多くの人が多方面から関わってくるので非常に複雑な図式となっている。ワークショップや懇談会、アンケート調査等を行い、住民、有識者と行政の意見を集約した。市レベルで復興の絵を描いても県や国との恊働体制がしっかりしていないと予算の問題が生じてしまう。また、議論をすればするほど話がいろいろな方向に飛び、真実がぼやけていくように感じた。個人の状況(住宅立て直しの予算、生活再建)と行政の考える方向性には大きな違いがあり、どこに合意形成の着地点を見出すのか難しい。

 

4. 合意形成の課題

合意形成のプロセスを考えていなかったため、その場によって合意の着地点が変わっていくので事前に大まかなプロセスだけでも考えておけばよかったと感じる。しきりにスピード感を求められるが、もともと合意形成のプロセスを決めていない状況下においてスピード感だけを出そうとしてもやはり無理がある。復興に関わる予算や、釜石市のもともとあった人口減少の課題、住民の生活再建や行政の考え等、合意を図らなければならない事が複雑にからみあっているので、丁寧に合意形成をしていくことが重要だろう。

 

 

 

5. 災害前にやっておくべきこと

震災直後→一旦落ち着き→復興を考える、時間が経過するにつれ住民や行政がやらなければいけないことと出来る事に対する考え方が変化していく。住民に至っては、時間が経過するごとに各自支援が受けられる状況が変化していくので余裕が生まれる人とそうでない人との格差が生まれる。そういったことを踏まえて、事前にある程度合意のプロセス計画をしておく必要がある。

 

〈資料〉

松本さんのパワーポイント資料

百武理事長作成文

丸尾事務局長作成文

 

〈質疑応答〉

Q.避難所生活している時期から復興計画の会議をやっているが、会議の場所はどこか?

A.会議は、避難所の近くの集会所や市役所の一室で行った。避難所は被災した場所の近くとは限らない。

 

Q.避難所に住んでいる人だけでなく自宅に帰っている人もいるだろう。会議の周知は大変だったのでは?

A.会議や懇談会の周知はこまめに行っており、災害対策本部が週1回程度行っている。

 

Q.会議体が多いが、どこが最終決定機関なのか?

A.復興まちづくり委員会が一番上の機関で、出された議案と市長に提出する。平成23年に総合計画が策定される予定で、策定委員会が作られていたためその委員が、そのまま復興まちづくり委員となっている。委員は地元の市民で形成されている。3040人。

 

Q.どんな内容が話し合われたのか?

A.復興まちづくりは様々な分野に及ぶ。事前の総合計画の中に、道路や公共施設だけではなく、産業、教育、福祉、医療全部含んだもの入っていたので、復興まちづくり会議でも全部を考慮した話し合いが行われている。漁業は、水産部会が開かれ動いている。

 

Q.釜石の被災したエリアは商業中心であり、病院等も被災を受けた?

A.そうです

 

 

Q.釜石は鉄鋼が主な産業?

A.そうです

 

Q.釜石市のことを事前にわかっている人達がそのまま復興まちづくり委員になっているので、土地勘がわかりやすくてよかったのでは?

A.そうです

 

Q.まちづくりプロジェクト会議とは?

A.まちづくりに関わるNPOや商店街の代表の方、15人ほどで形成された会議で、深く具体的な議論を行う会議

 

Q.まちづくりプロジェクト会議で話し合われた事を、復興まちづくり委員会に提出して委員会で考えるということ?

A.市のまちづくり担当が復興まちづくり委員会に所属しており、各会議で話し合われたことや復興まちづくり委員会で話し合われたことを提案として持ち帰り、行政内で復興計画の方針が決められている。

 

Q.総合計画でまちづくりの方向性がある程度考えられていたが、震災があったため既存の総合計画で考えられていた方向性を修正することを迫られた場所もあっただろう。その際の話し合いはどのようになされたのか?

A.当初の計画では、中心市街地から海が感じられないため海を感じられるにぎわいを創出しようとしていた。中心市街地は海より低い土地にあるがそこに住んでにぎわいを、という方向だった。が、震災がありいくつかの方向性(そこに住まないで高台に住居移転する案、なんとかそこに住む案、防潮堤を高くしようという案)に修正している。ただ予算の関係があるので、計画通りに進むかは別の話だ。

現状は、危ないと感じながらも自然派生的に飲食店がぽつぽつと出来始めている。

 

Q.中心市街地は、今まで津波の被害はあった?

A.明治30年と昭和8年に今より小さいが津波の被害は、以前にもあった。昔の津波を経験したある方は、“以前経験した津波で大丈夫だったから今回も大丈夫だろう”と考え逃げなかった為亡くなってしまった。以前の記憶が正しいのか、どうか。

 

 

 

Q.釜石市は津波が来ても、中心市街地が全部失われるわけではなく、修繕すれば使える建物が残っていた?

A.残っているがために復興まちづくりが難しい場合もある。建築規制(修理して使ってもいいか、悪いか)をかける前に時間が経ってしまい、飲食店が自然に出来ている状況。新しい計画がたてられないので、方針が決まらず合意がはかれない。

 

Q.方針が決まらない原因は?

A.強いリーダーシップがあるとないとで、決断できるかできないかが別れる

 

Q.地元の経済や人材にも貢献している製鉄所の人はリーダーとなることはなかったのか?

A.確かにその可能性もあるが、実際はリーダーとなることはなかった

 

Q.阪神大震災の復興計画で参考にする部分は?

A.阪神大震災の復興計画は、基本的に被災した場所にもう一度まちを再建する方向で考えられている。今回の場合は、高台に移転する案だったり、今まで住んでいた場所にまた住む案だったり、再建する場所が様々なので、阪神大震災の復興計画をそのまま参考にすることはできない。

 

Q.復興の話し合いのプロセスは参考になったのか?

A.通常の震災であれば参考になるのかもしれない

 

Q.事前にきめておけばよかった点は?

A.みなさんと考えて行きたいと思うところ。ただ、行政がアンケートする際の設問は、事前に考えておけば無駄に時間を取られなかったと思う。まちが無くなるイメージは、実際にまちが無くならないとわからないので、話し合ってイメージを共有しておくことが大切。

 

Q.住民側が行政に意見をだす際、各自個別にだされていたのか?自治会単位でだされていたのか?

A.行政と住民が向き合って座り、挙手制で質問し合う形で行われていた

 

 

Q.震災以前から行政と自治会(市民)のつながりはあったのか?

A.伝統的なコミュニティなので、自然にまちの代表者が暗黙の了解で決まっている場合が多い。

Q.生活再建とまちづくりの関係を見ると、まちづくりができてくると仕事がでてきたり、人の動きがでてくると思うので、まちづくりを優先しながら生活再建を考えた方がいいのではないか。

A.仕事がない、収入がない、生きがいがない、等被災している人達の希望が失われて行くことが怖い事。特に男性は、地域に入っていくことが苦手な人が多いように感じた。

 

Q.復興は、市だけで考えるのではなく、国と県との連携が必要。予算の問題もある。近隣の市との連携も必要とされるだろう。近隣の市との連携の場合は県が間に入って行うことが想定されるが、どうか?

A.今の所目立った連携は行われていない。1つの市内で会議体が多いので、市内だけでも大変。事前に近隣の市との連携を話し合っておく事も1つ。

 

Q.なんでそんなにスピード感が求められるのか?ゆっくりまちづくりをしていかないといけないのでは?

A.考えられる可能性としては、計画ができれば予算がつくから、阪神淡路の時は一ヶ月でできたと比較されてしまうから、等様々考えられる。被災が首都圏だとまた違うのでは。

 

Q.震災後はさらに人口減少しているのか?

A.人口は39千人に減少している。人口減少はもっぱらの課題だ。

 

 

〈宿題&次回以降議論すべき内容〉

減災と復興計画を考える際、事前に合意を図っておくといいと思われることはなにか?各自考えてみる。1人1つ提案する。

 

〈次回研究会日程〉

次回日程:729日(日)15:00〜 SHUにて

今回参加できなかった方は、次回までに災害時に本当の意味で使えるマニュアルとはどういう合意をとって作成したらいいか、考察してみて下さい。